目次


P&G式 世界が欲しがる人材の育て方

日本人初のヴァイスプレジデントはこうして生まれた


[目次] [著者紹介]


表紙




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プロローグ P&Gの強みは人材育成


[第1章] 「暗黙の了解」も自分次第
 キャリア以前〜ジュニア時代

1 P&Gとの出会い


「自分で選べ」という教育方針
「暗黙の了解」も自分次第
英字新聞で見つけた「秘書募集」の広告
ブランドスペシャリストという肩書き
これは仕事ではありません
目的は何ですか
「和田さん、お茶当番よ」

2 ワンページメモ


メモはワンページにまとめなさい
グッドメモを真似る
話すように書けばよい
パワーポイントの落とし穴
形式的な議事録は無駄
コミュニケーション力は人を動かす力
最初に営業部門でトレーニングしない理由
営業とは説得すること
担当ビジネスへの関心度を上げる
四の五の言わずにやる姿勢
いつまでもいると思うな親とボス


[第2章] 育つ社員しかいらない
 ブランドマネジャー〜マーケティングマネジャー時代

1 人材は自前で育てる


部下を育てる
全員で人材育成
内部昇格制にこだわる
魚の釣り方を教える
教えることで自分も育つ
期待されるスキル
評価は「成果」と「能力開発」で
P&G、日本から撤退!?
日本というマーケットを見つめ直す
生まれ始めた使命感 
私のいるべき会社はこの本の中にある

2 リクルーティング


育つ社員しかいらない
リクルーティングに品質管理のアプローチ
男女比は50:50で
百聞は一見にしかず
面接のトレーニング
アメリカMBAで学ぶアジア人学生の面接

3 プロジェクト


新生P&Gの象徴、「ウィスパー」
「P&G英語」の研修
結論が先
ファクトブックを使って
身の丈以上のプロジェクト
OJTで身につく戦略的思考
実現させるのが難しいからこそ良いアイデア
プロジェクトの任せ方
リーダーに求められる「見えないものを見る力」
ミス・ウィスパー 
競合が決めたルールで勝負はしない
人を巻き込むためにヴィジョンを共有する
ウィスパーという人材育成工場
ウィスパーカレッジ
アメリカMBA学生が驚いた日本人女性のマネジャー


[第3章] リカバリーショット主義
 ヘアケアへの異動〜マーケティングディレクター時代

1 チーム再生


新しいチャレンジへ
はじめに課題ありき、はじめに組織ありき
マイナスからのチーム再生
内向き、外向き
不思議なチームビルディングのゲーム
失敗から学ぶことを妨げるヒエラルキー
グローバルの波と戦う その1 勝ちの巻
グローバルの波と戦う その2 負けの巻
グローバルの波と戦う その3 勝ちの巻
「日本の消費者」がアドバイザー
グローバルなチーム体制
アジア・パンテーンブランドチームをリード

2 上司と部下


エクイタブルな能力
消費者に一番近いのは誰か
「王様」を理解する
「変な会社」
やってみてできなかったことも良い経験になる
再現性
ノー「NO」でブレインストーミング
メガブランド「パンパース」
リカバリーショット主義
上司をマネージする
できない上司の場合
成功したチームも発想を変えることは必要


[第4章] 人とブランドさえ残ればいい
 ジェネラルマネジャー時代〜現在

1 リーダーシップ


大地震に試されたP&Gの組織力
奇跡的なリカバリー
「P&Gには人とブランドさえ残ればいい」の本当
メンター制度
パンパースの危機
V字回復
大きな問題の正体
3Eリーダーシップモデル
昇進と自己改革
経営戦略に合わせて業績評価基準をアップグレード
リーダー人材の育成
外国人を育てる
社内コンサルタント
日本を学ぶ

2 ダイバーシティ


日本人初のヴァイスプレジデントに
トップの激励
女性をもっと活性化させるために
WSWから生まれたもの
日本のダイバーシティ
女性は通訳という偏見
ダイバーシティが可能にしたこと
合意しないことに合意する
23年間のP&G生活
「やってやろうじゃないの」の精神
美学を持つ
ミス・ウィスパーに羽根が生えた日


終わりに



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著者

和田 浩子(わだ・ひろこ)
Office WaDa代表、マーケティング&マネジメントコンサルタント、The Procter&Gamble Campany Retired Officer。
大分県生まれ。大阪外国語大学英語学科卒業。1977年P&Gサンホーム社(現P&Gジャパン)入社。女性として初めてのマネジメントキャリアとしてマーケティング部に配属。「ウィスパー」を日本市場でトップブランドに育てる。さらに新規事業のヘアケア新製品「パンテーン」「ヴィダルサスーン」を立ち上げ、「パンパース」の立て直しなどを手がけ、P&Gファー・イースト社の業績を伸ばす。1995年当時のP&Gジャパン最大のプロフィットセンターである紙製品事業部担当のジェネラルマネジャーに昇格。1998年日本人で初めて米プロクター・アンド・ギャンブル社のヴァイスプレジデント、コーポレートニューベンチャー・アジア担当になる。20年以上のP&G在職中は常に日本人のパイオニアとして、組織や仕組み作りにも尽力。2000年リタイアしたオフィサーの集まりであるGlobal Leadership Councilに最初の日本人として入会。
2001年よりダイソン日本支社代表取締役、日本トイザらス代表取締役社長兼最高業務執行責任者(COO)を経て、2004年米雑誌「フォーチュン」にてアメリカを除く世界で一番パワフルなビジネスウーマン50傑に選ばれる。2005年Office WaDa設立。2007年毎日新聞より「輝けビジネスウーマン’07」の10人の一人に選ばれる。現在はOffice WaDa代表として、マーケティングおよびマネジメント分野の豊富な経験をもとに、コンサルタントとして活動。セミナー、講演多数。著書に『すべては消費者のために。P&Gのマーケティングで学んだこと。』(トランスワールドジャパン)がある。
http://wadahiroko.com/


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