ブックタイトル史上最大の決断

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概要

史上最大の決断

27| 第1章 |ヒ トラーの挑戦とチャーチルの英断1 5日で勝敗が決した「電撃戦」の衝撃第2次世界大戦の発端となったドイツ軍のポーランド侵攻から約8か月。「まやかし戦争」の期間を経て、西部戦線はルクセンブルク、オランダ、ベルギーのベネルクス3国とドイツの国境沿いに開かれた。その南方のフランスとの国境には不落のマジノ要塞線があり、それが途切れるベルギー南方には森と湿地が天然の要害として働いている、はずだった。固定観念を打ち破るドイツ軍の斬新な作戦計画と、数々の幸運、そして何よりも電撃戦により、欧州最強と言われた陸軍国フランスは6週間ほどで敗北、イギリスは本土防衛に全精力を注ぐことになる。それは「まフォウニー・ウォーやかし戦争」と呼ばれた。発端は39年9月1日払暁、ドイツ軍が突如、ポーランドに侵攻したことだ。その翌々日にはポーランドと相互援助条約を結んでいたイギリスとドイツの間で戦端が開かれた。イギリスが宣戦布告を行ったのだ。その6時間後、フランスも多少気後れしながら同様の措置をとった。これがのちに、6000万という夥おびただしい数の人命の損失と物質的破壊をもたらし、第2次世界大戦と呼ばれるようになった大戦争の始まりであった。ポーランドはドイツ軍によってあっという間に蹂躙された。ポーランド軍は装備も戦略も時代遅れで、いまだに騎兵を主力としており、ドイツ軍が誇る戦車の敵ではなかった。9月17日には、前月の独ソ不可侵条約締結時にドイツと交わした秘密議定書に基づき、ソ連軍も侵入してくる始末だった。