2005年11月14日

ダイヤモンド社

2005年11月14日
株式会社ダイヤモンド社
代表取締役社長
鹿谷史明

ドラッカー博士を悼んで


経営学の父、ピーター・F.ドラッカー博士が11月11日(金)カリフォルニア州クレアモントのご自宅にて、享年95歳でご逝去なされました。謹んでご冥福をお祈り申し上げます。

ドラッカー博士は、1909年11月19日ウィーンに生まれ、フランクフルト大学卒業後、経済記者、論説委員として働きながら、国際公法の博士号を取得されました。1933年に発表した論文がナチス・ドイツの不興を買い、ロンドンへ移住。保険会社のエコノミスト、投資会社のパートナー補佐などを経験した後、渡米されました。1939年、ファシズムの起源を分析した『「経済人」の終わり』を刊行。1943年にはゼネラルモーターズより同社のマネジメントに関する研究を依頼され、1946年に上梓された『企業とは何か』(旧題『会社という概念』)に結実。経営書の記念碑的作品となりました。その後、ニューヨーク大学教授などを経て、1971年にクレアモント大学院大学教授に就任され晩年まで研究活動を続けられました。

ドラッカー博士は産業界に最も影響力のある経営思想家として知られています。企業や国家の枠組みを俯瞰し、大局的な視点から東西冷戦の終結、高齢化問題、知識社会の到来など、社会と文明の根源的な変化をいち早く提示し、産業界のみならず、世界中の識者の間で絶大な人気を誇りました。『現代の経営』『ポスト資本主義社会』『ネクスト・ソサエティ』などをはじめ、ご著書はアンソロジー等も含めれば100冊を超えると言われています。とりわけ、1969年に出版しベストセラーになった『断絶の時代』は、イギリスのサッチャー政権が民営化政策を推進するきっかけになるなど、世界的な名声を博されました。

ダイヤモンド社では、1956年、ドラッカー博士の著書『オートメーションと新しい社会』を翻訳出版して以来、60冊を超えるご著書を出版する機会に恵まれました。深い洞察から経済や経営を取り上げた博士の著書は、いまなお多くの日本人に愛され、累計で400万部あまりが読み継がれています。また、『週刊ダイヤモンド』『DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー』ではインタビューや執筆でご協力いただき、貴重なご提言をいただいてまいりました。

ドラッカー博士自身、日本文化に高い関心をお持ちでした。1934年にロンドンで開催された日本絵画展を鑑賞されたのがきっかけといわれています。以来、日本の社会や産業界も研究対象とされ、ご著書において暖かいまなざしで日本企業に示唆を与えてくださいました。
戦後日本経済の発展にも大きな力を与えて下さったドラッカー博士に対し、あらためて哀悼の意を表し、謹んでご冥福をお祈り申し上げます。







[このページを閉じる]



1996-2005 DIAMOND,Inc. All Rights Reserved.

DIAMOND,Inc. │プライバシーポリシー「個人情報の保護に関する法律」に基づく公表事項免責事項著作権 お問い合わせ