誌面刷新と「私の主張」

  ダイヤモンド誌は満・鮮・華に記者を派遣して現地の実情を調査するとともに、その報告記で誌面を飾った。また鋭意、事態への対応に努めるとともに、昭和12年ダイヤモンド研究所を創設している。昭和14年からはダイヤモンドに石山賢吉の[私の主張]欄が設けられ、約2年半続いた。

 石山賢吉の真骨頂は、決算報告の見方に代表される会社評論にあったが、財界人物、工場見学記、随筆など多岐にわたり、多くの"石山ファン"を集めていった。[私の主張]は激動の色を増した当時の国際政治・経済環境の中で天下の国民に向けて「われら今、なにをなすべきか」を書いた800字のコラムである。主なタイトルを観てみると[戦時経済の経過と今後][統制は急所だけに止めよ][官吏の減員増俸][石油依存を脱却せよ]など約80編に及ぶ。